「何か問題はあるか?」 会議室でリーダーがそう問いかけた時、全員が沈黙し、目を合わせようとしない。あるいは「特にありません、順調です」という言葉だけが返ってくる。
もしあなたのチームがこの状態なら、プロジェクトはすでに「危険水域」にあります。 現場に問題がないのではありません。「問題を言うと損をする」という空気が、事実を隠蔽させているのです。
DXや新規事業において、最も恐れるべきは「失敗」ではありません。「失敗が隠されること」です。 今回は、組織の致命傷を防ぐための安全装置、**『心理的安全性(Psychological Safety)』と『透明性』**の構築について解説します。
1. なぜ「スイカ報告」が起きるのか
多くの組織で**「スイカ報告」**と呼ばれる現象が起きています。 外側(報告書)は青々として「順調(Green)」に見えるのに、切ってみると中身は「真っ赤(Red/炎上)」という状態です。
なぜ、部下は嘘をつくのでしょうか。それは、リーダーであるあなたの「過去の振る舞い」に対する学習結果です。
かつて誰かがトラブルを報告した時、あなたはこう言いませんでしたか? 「なんでそんなことになったんだ?」「誰がやったんだ?」「なんとかしろ」
この瞬間、部下の脳内には強烈なルールが書き込まれます。 「悪い報告をすると、怒られる。評価が下がる。だから、解決の目処が立つまで隠しておこう」
この「隠蔽のタイムラグ」こそが、小さなボヤを大火災へと成長させる燃料です。イノベーション組織において、悪い報告は「早ければ早いほど価値がある」のです。
2. 心理的安全性とは「ヌルい職場」ではない
誤解されがちですが、心理的安全性とは「みんなで仲良く、厳しくない職場」のことではありません。 ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した本来の意味は、**「対人関係のリスクをとっても安全だと信じられる状態」**です。
- 無知だと思われる不安なく、質問ができる。
- 無能だと思われる不安なく、ミスを認められる。
- 邪魔だと思われる不安なく、異議を唱えられる。
つまり、「健全な衝突(コンフリクト)」が許される環境こそが、心理的安全性の高いチームです。 お互いに気を使い合って言いたいことを言わない「事なかれ主義」のチームは、むしろ心理的安全性が低いと言えます。
3. リーダーが最初になすべき「リアクション設計」
では、どうすればこの安全性を醸成できるのか。 チームビルディングのワークショップをするよりも効果的な、たった一つの方法があります。 それは、悪い報告を受けた時のリーダーの「第一声」を変えることです。
部下が「すみません、バグを出してしまいました」と来た時、あなたの第一声はどうあるべきか。
× 「またか。気をつけるように言っただろう」 (責任追及) ○ 「報告してくれてありがとう。早くわかってよかった」 (情報受容)
まず、情報を隠さずに持ってきた行為そのものを称賛してください。 そして、次にこう続けます。 「なぜ、君ほどの優秀な人材がミスをしてしまうような仕組みだったのだろう? プロセスのどこに穴があったか、一緒に考えよう」
「人(Who)」を責めず、「仕組み(How)」を責める。 このスタンスをリーダーが徹底するだけで、現場の空気は劇的に変わります。「隠すより、早く言って直したほうが楽だ」と学習するからです。
4. スクラムが「透明性」にこだわる理由
アジャイル開発(スクラム)において、タスクボードやバーンダウンチャートで進捗を可視化するのは、サボっている人間を監視するためではありません。 **「誰が困っているか」を一目で発見し、チーム全員で助けに行くため(スウォーミング)**です。
私が支援する現場では、リーダーにこう助言します。 「朝会(デイリースクラム)で、『順調です』という報告が3日続いたら疑ってください。『困っています』という言葉が出た時こそ、チームが機能し始めた証拠です」と。
弱みを見せられるリーダーの下でしか、弱みを見せる部下は育ちません。 まずはあなた自身が、「実はここがわからなくて困っているんだ」とチームに自己開示することから始めてみてはいかがでしょうか。
まとめ:情報は「水」のようなもの
情報は、高いところから低いところへ流れるのが自然(上意下達)ですが、「悪い情報」だけは、低いところから高いところへポンプで汲み上げなければ届きません。
そのポンプの動力が「心理的安全性」です。 ポンプが止まれば、現場には汚水(隠された問題)が溜まり、やがて組織全体を腐らせます。
「悪いニュースこそ、ウェルカム」 そう笑って言えるリーダーだけが、変化の激しい時代を生き残る「学習する組織」を作ることができるのです。
次回は、サーバント・リーダーの最も泥臭く、しかし最も重要な仕事、**『障害物(Impediments)を取り除く。リーダーの仕事は「雑用」である』**について解説します。
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