「チームは最高の状態に仕上がった。自律的に動き、高速で開発している」 そう確信した矢先、プロジェクトが頓挫する。そんな悲劇を私は何度も見てきました。
原因は現場の外にあります。 「半年前の予算計画にないので承認できない」 「人事評価制度に合わない働き方だ」 「セキュリティガイドラインの例外は認めない」
これらは、巨大な組織が持つ**「重力(Status Quo)」**です。 どれだけ現場がアジャイル(俊敏)になろうとしても、会社全体の仕組みがウォーターフォール(硬直的)であれば、チームはいずれ押し潰されます。
サーバント・リーダーの最後の仕事。それは、チームを守る「盾」になるだけでなく、この重力を断ち切るための「剣」となり、組織そのものをハック(改変)することです。
1. 「部分最適」の限界を知る
ここまでの連載で、あなたのチームは「高速道路を走るF1マシン」のように進化しました。 しかし、会社という道路が「未舗装の砂利道(古いインフラ・制度)」のままでは、そのスピードを出すことはできません。
多くのリーダーはここで諦めます。「会社が悪い」「経営層がわかっていない」と愚痴をこぼし、殻に閉じこもります。 しかし、それではスクラムマスター失格です。
スクラムガイドには明確にこう書かれています。 「スクラムマスターは、組織に対してスクラムの導入を指導し、コーチする」
つまり、あなたの担当範囲は「チーム」ではなく「組織全体」なのです。 現場のボトルネックになっている社内規定があるなら、それを変えるために総務部や経営企画室と戦うこと。それがあなたの本来の職務です。
2. 経営層には「翻訳」して伝えよ
では、どうやって巨大な組織を動かすのか。 最大の失敗は、正論を振りかざして「アジャイルを理解してください!」と布教することです。経営層にとって、開発手法なんてどうでもいいことです。
必要なのは**「翻訳(Translation)」**です。 現場の言語を、経営の言語(数字)に変換して伝えるスキルです。
- × 「ベロシティを上げるために、ペアプログラミングをしたいです」
- 経営層:「人が2人で1つの画面を見る? サボりじゃないか?」
- ○ 「リリースまでのリードタイムを30%短縮し、バグ修正コストを半減させるために、一時的にリソースを集約します」
- 経営層:「なるほど、ROI(投資対効果)が合うならやりなさい」
リーダーは、現場と経営をつなぐ「外交官」であってください。 相手の関心事(売上、コスト、リスク)に合わせて、こちらの要求を通す。このしたたかな交渉術こそが、チームに自由をもたらします。
3. 「出島(サンドボックス)」戦略
とはいえ、いきなり全社のルールを変えるのは不可能です。 私が推奨するのは、「特区(サンドボックス)」を作る戦略です。
「全社の評価制度を変えてくれ」と言うと反発されますが、 「この新規事業プロジェクトの期間中だけ、試験的にこの新しい評価軸を適用させてほしい。結果が出なければ元に戻す」 という交渉なら、通る確率は格段に上がります。
まず、小さな「例外(出島)」を作る。 そこで圧倒的な成果を出す。 そうすれば、周囲は「あのチームのやり方を真似したい」と言い出します。 革命は、中心部からではなく、辺境の小さな成功事例から始まるのです。
4. 「スプリントレビュー」を政治の場にせよ
経営層を味方につける最強のツールが、第4回でも触れた「スプリントレビュー(成果物のデモ)」です。
多くの現場では、レビューを開発者だけで行っていますが、これはもったいない。 ここに、決裁権を持つ役員や、対立しがちな他部署の部長を招待してください。
パワーポイントの資料で説得するのではなく、「実際に動くプロダクト」を触らせるのです。 「先週の要望が、もう動いているのか?」 この驚きこそが、信頼を生みます。
「動くソフトウェア」は、百の報告書に勝ります。 定期的に成果を見せつけ、「このチームに投資し続ければ、もっといいことが起きる」と予感させる。これこそが、予算と権限を勝ち取るための最良の「社内政治」です。
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