多くの企業が「イノベーションの社会実装」を掲げる一方で、現場では常に同じ悲劇が繰り返されています。それはビジネスサイド(事業企画)とエンジニアサイド(開発)の間に横たわる、深く冷たい「分断」です。
「伝えたはずだ」「聞いていない」「技術的に不可能だ」「なぜもっと早く言わないのか」
この不毛な対立は、個人の能力不足ではなく、組織が採用している「マネジメントOS」の不一致から生じます。今回は、私が数々の現場支援の中で体系化した、不確実なプロジェクトを成功に導くための独自メソッド**「同期型マネジメント(Synchronous Management)」**の導入編として、私たちが捨てるべき「古い常識」についてお話しします。
1. 社内にはびこる「受発注関係」の病
新規事業やDX推進において最も危険な罠。それは、同じ会社のチームであるにもかかわらず、ビジネス側が「発注者(お客様)」となり、開発側が「受注者(業者)」となる構造です。
ビジネスサイドの多くは、こう考えています。 「完璧な要件定義書を書けば、あとは待つだけで思い通りのものが出来上がる」
これは、かつての大量生産時代、あるいは正解が決まっている基幹システムの置き換えであれば通用したかもしれません。しかし、現代のビジネス環境において、プロジェクト開始時点で「正解」がわかっていることなどあり得ません。
市場は変化し、競合は現れ、ユーザーの好みは移ろいます。それなのに、最初に決めた「仕様書」という名の契約書に固執し、「仕様変更」を悪とみなす。この構造こそが、プロジェクトの柔軟性を殺し、現場の熱量を奪っているのです。
2. 「予測」から「適応」へのOSアップデート
これまでの経営管理は「予測(Prediction)」に基づいていました。 「1年後にリリースし、これだけの売上を作る」という計画を立て、その通りに実行することを是とするスタイルです。
しかし、イノベーションの現場で必要なのは、**「適応(Adaptation)」**へのシフトです。 予測不可能な未来に対して、詳細な地図(完璧な仕様書)を描くことに時間を使ってはいけません。必要なのは、コンパス(ビジョン)と、変化を察知してルートを修正し続ける「運転技術」です。
私が提唱する「同期型マネジメント」は、計画を否定するものではありません。「計画は常に書き換わるものである」という前提に立ち、ビジネスと開発がリアルタイムで認識を同期し続けるアプローチです。
3. 期待値を制御する『3つの同期プロトコル』
では、具体的にどうすれば「適応型」の組織になれるのか。 ドキュメント(静的な情報)ではなく、プロセス(動的な合意)を管理するために、私は以下の3つのプロトコルを導入しています。
① 認識の同期(Consensus Protocol)
「出来ました」という言葉の定義を揃えることです。ビジネス側の「リリースできる状態」と、開発側の「コードを書き終えた状態」には大きな乖離があります。この「完了の定義」を最初に握るだけで、手戻りの9割は防げます。
② 優先順位の動的同期(Dynamic Prioritization)
一度決めた計画を死守するのではなく、状況に合わせて「今、最も価値があるものは何か」を問い続け、作るものの順番を入れ替える権限を持つこと。これを「朝令暮改」と呼んで批判するのではなく、「健全なピボット」として称賛する文化が必要です。
③ リズムの同期(Time-Boxing Strategy)
半年後のリリースを目指すと、進捗はブラックボックス化します。1週間〜2週間という短いサイクルで区切り、不完全でも「動くもの」を出し続けること。このリズムを組織の心拍数として刻むことで、不確実性は可視化され、コントロール可能なものへと変わります。
4. 「分断」を「統合」へ導くリーダーシップ
これらのメソッドを実行する上で、最も重要なのはツールの導入ではありません。 「ビジネスサイドが、開発の現場に降りていく」という覚悟です。
「技術のことはわからないから任せる」という態度は、DX推進リーダーとしては職務放棄に等しいと言えます。コードが書けなくても構いません。「何を作ろうとしているのか」「何が障害になっているのか」を理解しようとする姿勢。そして、エンジニアと同じテーブルで、同じ方向を見て議論すること。
この「対話」のプロセスを経ることで初めて、組織の分断は解消され、ビジネスとテクノロジーが真に統合(インテグレーション)されます。
次回は、このマネジメントを実践するための具体的な技術、**『全てを作ろうとするな。「やらないこと」を決めるための優先順位マネジメント』**について解説します。
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