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第3回:なぜあなたのプロジェクトは常に遅れるのか? 『相対見積もり』で不確実性を可視化する

「この機能、いつまでに出来る?」 「3日あれば出来ます」 …1週間後。「すみません、まだ終わっていません。想定外のエラーが出まして…」

この会話は、日本のあらゆる開発現場で繰り返されている「伝統芸能」です。 なぜ、優秀なエンジニアであっても見積もりを外すのか。それは彼らが嘘をついているからでも、能力が低いからでもありません。 私たちが採用している「見積もりのモノサシ」が、根本的に間違っているからです。

今回は、プロジェクトの遅延体質を治療し、精度の高い投資判断を行うための**『相対見積もり(Relative Estimation)』**について解説します。


1. 「時間(絶対値)」で見積もることの限界

従来のプロジェクト管理では、タスクを「時間(人日・人月)」で見積もります。 しかし、ナレッジワークであるソフトウェア開発において、時間は極めて不安定な指標です。

  • 不確実性の壁: まだ触ったことのない技術や、複雑な仕様において、正確な所要時間を予測することは不可能です。
  • サバ読みの心理: エンジニアは遅延を恐れ、無意識にバッファ(余裕)を積みます。逆に、プレッシャーがかかると実現不可能な短い時間を「約束」してしまいます。

結果として、「人月見積もり」は、根拠のない希望的観測か、過剰な安全マージンのどちらかになりがちです。これでは経営判断の材料として機能しません。

2. 人間は「比較」なら正確にできる

絶対的な数値を当てるのは苦手な人間も、「比較」であれば驚くほど正確に判断できます。 例えば、手に持った石の重さを「これは345グラムです」と当てるのは至難の業ですが、「この石は、さっきの石の約2倍の重さです」と判断することは容易です。

この特性を活かしたのが**「相対見積もり」**です。 私が推奨するメソッドでは、タスクの規模を「時間」ではなく「ポイント(サイズ)」で表現します。

  • 基準を決める: ある標準的なタスクを「2ポイント」と定義する。
  • 比較する: 「この新機能は、基準のタスクより少し難しいから3ポイント」「あれに比べれば未知数が多いから8ポイント」といった具合に分類します。

この手法(フィボナッチ数列を用いたプランニングポーカー等として知られます)を導入することで、「時間」というプレッシャーから解放され、純粋な「タスクの規模感・難易度」を客観的に数値化できるようになります。

3. 見積もりは「対話」のためのツール

この相対見積もりを行う際、最も重要なのは「数値」そのものではなく、そこに至る**「対話」**です。

例えば、ある機能について、ベテランA氏が「3ポイント」と出し、若手B氏が「8ポイント」と出したとします。 従来の会議なら「じゃあ間をとって5で」となりがちですが、ここでは**「なぜその数字なのか?」**を議論します。

  • A氏: 「既存のライブラリを使えば一瞬だよ」
  • B氏: 「でも、そのライブラリはセキュリティ規約に抵触するので、自作する必要があります」
  • A氏: 「あ、本当だ。忘れていた。それなら8ポイント、いや13ポイントだね」

このように、見積もりのプロセスを通じて「隠れたリスク」や「認識のズレ」を洗い出すこと。これこそが、後の「想定外の遅延」を防ぐ最大の防御策となります。

4. 「ベロシティ」で未来を予測する

タスクの規模をポイント化することの最大のメリットは、チームの生産性が**「ベロシティ(速度)」**として可視化されることです。

「過去3回のサイクル(スプリント)で、チームは平均20ポイントのタスクを消化できた」という実績があれば、それがチームの実力値(ベロシティ)です。 もし、残りのバックログ総量が100ポイントあれば、「100 ÷ 20 = 5サイクル」。つまり、あと5サイクル(5週間)あれば終わると予測できます。

これは「気合」や「願望」が入る余地のない、冷徹な計算式です。 「来月末までにリリースしたい」という経営の要望に対し、「現在のベロシティでは不可能です。機能を削るか、リリースを延ばすかの判断が必要です」と、早期に、かつデータに基づいて警告を鳴らすことができます。


まとめ:経営判断のための「相場観」を養う

ビジネスリーダーである貴方が、エンジニアに「何時間かかる?」と詰問しても、正確な答えは返ってきません。 代わりに**「あの機能と比べて、どれくらい大変?」**と聞いてみてください。

「相対見積もり」によって得られたデータは、貴方の投資判断(ROI)を支える強力な武器となります。「コスト(ポイント)が高い割に、ビジネス価値が低い機能」を炙り出し、第2回で述べた「捨てる勇気」を発揮するための根拠となるからです。

さて、作るものが決まり、規模が見えました。 次回は、いよいよ実行フェーズにおける管理手法、**『完璧な計画よりも、1週間の「リズム」を刻め。バーンダウンチャートで予知する未来』**について解説します。

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